Lintu Laulu*糸 鳥 & Piano huone

ピアノと小鳥刺繍   フィンランド語で Lintu(鳥)Laulu(歌)huone(部屋)



かけがえのない命・はかなさと強さ :: 2016/11/03(Thu)

ふと気づけば11月、ブログとLintuLaulu*糸鳥&PianoHuoneのFBを
9月から更新していないことに気づき、冷や汗・・・・です。

思えば、蓼科のご報告もしていなくて、本当に申し訳ありません。

蓼科から帰り、記事を書かなくっちゃ、、、と思っていたところへ、

晴天の霹靂、、、

私が小学生まで一緒に暮らしていた叔母が倒れたとの知らせ。

母の妹で、まるで第二の母のような存在です。
私、妹、父、母が入院手術を経験したときも、
名古屋から飛んできて、代わりに家事をして、
毎日病院へ通ってくれた叔母です。

本当に頼りになり、元気いっぱいな叔母でした。

その知らせは、救急車で運ばれたときは救命できないかもしれないと言われ、
数日は意識がありませんでした。


倒れる前日、かかりつけ医(いとこの幼なじみ)で、点滴を受けたそうです。
下痢が治らないとのことだったようです。
その夜、いとこのところに電話があり、明日病院に連れて行ってほしいと。
よほどのことだったと思われます。
今から行く?というのに明日でと言ったようです。

そして、翌日泡を吹いて倒れていた状態だったそうです。
朝から電話をしてもつながらず、やっと叔父が出ても
認知症のため、その状況が理解できなかったようです。


数日の後、目覚めたときは、
ただぼんやりしているだけで、言葉も、体を動かすこともなく
うつらうつらしているだけだったそうです。

どうやら、何かの感染から敗血症から低血糖脳炎を起こしていたようです。

しかも、低血糖状態が長く続き、長ければ長いほど脳へのダメージが大きく
その後の状況は深刻なものだということがわかりました。


今後、いったいどうなるのだろうか?

命はとりとめたものの、言葉は?食事は?認識力は?記憶は?

色々調べても、こればかりは一人一人違って予想不可能ということ。


実は、蓼科には以前、20年以上前に、
祖母、母、叔母と4人で旅行をしたことがあったのです。
バラクライングリッシュガーデンでお茶をしたのも思い出です。

蓼科には実は母と妹が来て、最終日は一緒に宿泊しました。
本当は叔母も誘いたかったのですが、叔父のこともあり
無理かな?と思い連絡もしていませんでした。


今回、叔母が倒れて、なぜ、連絡くらいして近況を聞かなかたのか、とひどく後悔しました。

もう、二度と話せないかもしれないからです。
母も倒れる頃、電話しなきゃと思いつつ、しそびれていました。

11月のコンサートもありすぐに飛んでいくこともできません。
常に叔母のことが気にかかり、祈る事と
今は天国の祖母にお願いをすることしかできませんでした。

すぐに飛んで行った母たちも
変わり果てた姿に、電話でも泣くばかり。

夜救急で病院に行っていたら、
もう少し早く見つけられていたら、、

どう後悔しても、その時間には戻れません。

それから、何日かして、

笑ったよ!

そして

わかる?の問いかけに、うなずいたよ!

と、変化が出てきました。

そして、その後私も母の通院日にあわせ帰省、やっと叔母のところへ行くことができました。

行くと、にっこり笑ってくれました。
脳に刺激をと、琳音、愛野、福多朗の動画や画像をみせたりしました。

初夏だったか、会った時に自作のブローチを見せると瞬間
「可愛いね!」と言ってくれたのを思い出して、その日も持っていきました。

すると、小さな小さな声で
「き、き、き、、」と言いました!

手を握るときゅっと握り返してくれたので驚きました。

病院の人から、最初から思うとキセキですよ、と言われたとのことでした。

とはいえ、頸動脈から栄養を入れて、話せないし、(最初は胃ろうの話まででました)
わかっているようだけど本当はどうなのか?
意思を伝えることもできず、このままずっとこうして生きていくしかないのかな?
もう、会話はできないのかな?

そんな不安を持ち、新幹線に乗りました。


それから、また時は静かに過ぎて行きました。
なかなかそれ以上に機能が回復せず、もはやこれまでかと思い始めたところへ


ついに、おしゃべりが戻ったというではありませんか!

歯磨きも自分でして、嚥下のリハビリも始まり、
おかゆとゼリーを食べられるようになったとの嬉しい嬉しい知らせがありました。


倒れて一月ほどたってのことです。


これはもう本当にキセキです。
母たちもかけつけ、やっと会話できたそうです。

倒れる時のことはまったく覚えてないようですが、
最初にお見舞いに行ったときから、母たちをわかっていたこと。
こんなことになるなんて想像もしなかったこと。
ゼリーがまずいのなんのって・・・と。
話をしたそうです。

今は頸動脈からではなく鼻から栄養をとっているそうですが、
嚥下のリハビリが進めば食べられるようになるようです。

そして、11月1日、リハビリ専門の病院に転院しました。


命のはかなさと強さをひしひしと実感したこの一月でした。

かけがえのない命は永遠ではないとわかっていても
日々の忙しさに大切なことを忘れることもあることも。


こんな話を書こうか迷いましたが、
あの時にああすればと、母も私も本当に後悔したので、
この記事を読んで心の片隅にでもとめていただけたらと書くことにしました。

叔母のように、老々介護状態の看ていたほうが倒れることがよくある事を知りました。
遠く離れて暮らす両親も病気をかかえているので、もっともっと帰省したり
電話をしたりと後悔しないようにと思いなおしました。



私も早く叔母のところへ行きたいのですが、もう少しお預けです。


かけがえのない命への感謝、「あなたと出会えてありがとう」
この、イベント前にこんな経験をした私。
不思議です。

いよいよ11月のイベントまであと少し。
語りの神田さんとは合わせもいよいよ佳境に。
刺繍ももう少ししたいし、事務的作業も山積み・・・
体力勝負です。

あ、コンサートの方はおかげさまで完売となりました。
キャンセル待ちの受付をしています。

それから、12月3日と18日もイベント参加です。
内容はまた。


まずは、かんげい館の11月23日~27日をよろしくお願いたします。



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